★★★離婚してはや3年が経ちました。
通称は婚姻時の姓ですが、旧姓に戻りました。
公の手続きなどは旧姓です。名前の使い分けようやく慣れてきました。
自分の癒しのためと隠れて借金を繰り返す夫・妻に悩む人たちへ、微力ですがお役に立てたらいいなーと思いながらブログを書いています。★★★



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石川啄木と言えば、学校の教科書にも載ってる一流歌人です。

ずいぶん前に石川啄木の妻、節子さんを主人公にした小説を読んで、あまりのひどさに石川啄木に幻滅した事があります。

昨日、テレビでしてたので、思い出しちゃいました。
少しまとめておきましょう。

石川啄木(1886-1912)
啄木

 この写真は22歳才頃のものです。

 ねっ、シュッした男前なんですよね。
それをいいことに女の人と遊び歩くんです。


~啄木の有名な短歌~

「たはむれに 母を背負ひて 
そのあまり軽き(かろき)に泣きて 三歩あゆまず」


「はたらけど はたらけど
猶(なほ)わが生活(くらし)楽にならざり
ぢっと手を見る」


「友がみな 
われよりえらく見ゆる日よ
花を買ひ来て 妻としたしむ」


    なーんて、家族思いで繊細なイメージの石川啄木ですが、彼を一流にしたのは裏の顔があったからなんです!


その裏の顔はね、

家族を裏切り、仕事もろくにせず、周りに迷惑をかけるろくでなしだったんです!


18才の時、幼なじみの節子と挙げる結婚式の日の事。
当時、啄木は東京で歌人として活動していました。
地元の盛岡で挙げる結婚式に向かうため「東京を出ました」と手紙を送るも、実際には盛岡には向かわず、無断で式をすっぽかしました。
しかも、その理由は、ただただ「めんどくさかったから」からでした。


それでも節子さんとは結婚しました。

 そして、なんのひらめきか突然、「小説家になる!」と宣言し、コネ作りのため新聞社に就職しますが、すぐに行く気がなくなり、会社に通わず風俗通い。
結局、新聞社はクビになり、小説家にもなれずじまい。


啄木はこんな歌も詠んでます。

「やはらかに 積もれる雪に
熱(ほて)る頬(ほ)を 埋(うづ)むるごとき 恋してみたし」

ホカホカのほっぺを 
フワフワの雪に 
うずめるような 恋してみたい

    妻、節子がいるのに、10人以上の女性を同時に愛した啄木

    風俗通いや、女性と遊ぶのにはお金が必要です。
でも啄木はお仕事をしてませんよね。

さてクイズです。
次の①~③のうち、啄木がお金のためにしたことはどれでしょう。

①愛人を別の男に売却した
②別れた愛人にお金をせびった
③友人の私物を勝手に売却した
 
 
答:全て

実は啄木、これ全部やったんです。

女性にもお金にも超ルーズ

友人、知人らに
ぺこ・・・ぺこ・・・

啄木2

 頭を下げまくって借金を繰り返し、なんとかやりくりしていましたが、生活を切り詰めつつましく暮らしていたわけではなく、むしろ遊興に浪費していました。
啄木を思った*金田一京助さんは、大切にしていた蔵書を売り払ってまで、お金を融通してあげていたにもかかわらず、当の啄木は、そうしたまとまった金を手に入れると、浅草に足を運んでは、風俗の女性との一夜を楽しんでいました。

そんな啄木はこんな歌を詠んでます。

「一度でも 
我に頭を下げさせし人
みな死ねといのりてしこと」

現代語に訳すとこうです。

一度でも俺に頭を下げさせた奴ら
全員死にますようにと祈っちゃった



って、ここまできたらもう笑えますねー

*金田一京助
日本の言語学者、民俗学者。
日本のアイヌ語研究の本格的創始者として知られる。


  最後までお付き合い
ありがとうございました


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   続く 明日投稿予定